人として軸がブレている
思い返せば物心ついた時から今まで、極めたと胸を張って言える何かが無い。
何ひとつ無い。
幼稚園から高校までの間、何かと習い事をさせてもらっていたが、水泳、サッカー、剣道、等々、芽すら生えずに断念している。
これは親に口が裂けても言えないが、剣道に関しては中学から始めたものの半年ほどでサボってゲーセンに通い詰めるようになってしまい断念している。
そのゲームも、2.3年通って特別上手くなったわけでもないし、学生が使えるお金もたかが知れていて限界がある。
スポーツも勉強もできず、お金もない。
そんな悶々としていた中学三年生の時にベースをはじめることになる。
その経緯はまた別で書き起こすとして、これも手に入れてから数年、特別大した練習もしていなかった。
しかしゲーセンとは違い、楽器は買ってしまえばお金がかからず楽しめる。
当時から、僕の友達といえばインターネットだった事も功を得て、暇な時にYouTubeやブログでベースに関する情報や技術を漁り、理論武装したつもりでいた。
大学に入学した僕は、迷う事なく音楽サークルに入会。
しかし理論武装しただけのベーシストは脆い。
音楽サークルが無かった中学高校の時とは違い、経験者がいる世界の現実を叩きつけられた。
これはまずいと、そこからそれなりの練習をして付け焼き刃なりのベーシストにはなったが、2年後、ハマオカモトとフリーを足して5で割ったくらいのベース経験者が入部してきて、向上心は無くなった。
付け焼き刃で磨いたベーシストは脆い。
そこから悪く言えば自暴自棄、良く言えば視野が広がり、ドラムとギターに手を出した。
親友のインターネット君に色々教えてもらい、どれも初心者からは抜け出せるレベルにはなれたと思う。
この、手の出し方の流れが、冒頭での幼稚園から高校生までの習い事に酷似している。
結局サークル卒業時、後輩からつけられたあだ名が
「器用貧乏」
後にも先にも、ここまで的を射た悪口は付けられたことがないが、当時はこれを褒め言葉だと捉えていた。
本当に、褒め言葉だと勘違いしていた。
ここから器用貧乏に磨きがかかり、カホンとDJを始める。
ついでにカズーも始めちゃう。
言い忘れていたが大学生の間に、キーボードも手にしている。
DJを始めた頃に、そろそろ青いロボットと今よりもっといい年になった自分が未来からやってきて、「いい加減にしろ」と説教されるんではなかろうかとも少し思ったが、器用貧乏は止まらない。
昨年にはビートボックスの練習をしたり、ラップで曲を3曲使ったり、もはや楽器の枠を逸脱してしまっている。
先週は、いつの間にかAmazonでポチっていた「ディジュリドゥ」が届いてしまった。
言わずもがな察しては貰っているだろうが、どれも大成していない。
余談ではあるがガラクタルームが決まった時、学生時の腕前のままでは流石にマズいと、目標を立てながらコツコツと練習をしていたが、ゆーまのベースに対する異常愛を目の当たりにし、向上心は無くなった。
ベースを性的な目で見られないベーシストは脆い。
話はそれたが結局、ベースやギターやエフェクター、その他の楽器にいくら費やされたのかを考えるのもおぞましいほどに手を出して来た。
今ある話がうまく進めば、そろそろ自前のベースヘッドとキャビが手に入る。
極まるのは器用貧乏の名ばかり。
最後になったが、これは未来の自分に向けたブログである。
早く未来から来てくれ。
これ以上だと手遅れになってしまうぞ。